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全917件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 

硫黄島・大阪山砲台群

 投稿者:CinC-GF  投稿日:2009年 6月30日(火)20時15分4秒
  ちょっと調べてみました。
戦史叢書「中部太平洋陸軍作戦3」によると、硫黄島に配備された十五糎平射砲は合計4門。
2門が大阪山砲台群(群長 藤原良七海軍中尉)に、 2門が北地区砲台群(群長 板橋音丸海軍大尉)にそれぞれ配備されてをります。

大阪山砲台群の十五糎砲台(砲台長 酒寄恒雄海軍特務少尉)位置は高千穂峡北東、大阪山山頂の真北約800米、海岸線から約500米の位置。
三月一日午前七時半西岸沖を遊弋中の米艦を猛射、三隻に損害を与えたとあります。

別の記録によると、二月十七日午前九時三十五分北地区砲台群の天山十五糎砲台(砲台長 後藤少尉)が重巡ペンサコラに6發命中させたが、たちまち反撃に遭い午前十時には完全に沈黙させられたとあります。
各砲台の配弾が70發。一門あたり35發ですから、一旦 砲門を開けばたちまち反撃に遭うことを最初から予測してゐたとしか思えません。
砲種についての記録が見あたりません。寫眞のアングルから砲身長を推測し難ひのですが、45/50口径なら 四一式、40口径なら 安式(40-caribre 6-inch rapid firing naval gun made by Sir W.G.Armstrong Whitworth & Co., U.K.)で間違いありますまい。

十四糎砲は 4門全部 千鳥砲台群(群長 蛭沼喜助中尉)摺鉢山十四糎砲台に配備され、各門250發配当されながら、上陸前、過早に発砲したため、撃ち尽さぬうちに潰されたようです。 この十四糎平射砲は 別の記録に「大正十二年製造」とあり「三年式五十口径十四糎砲」(口径140mm)だと考えて間違いなさそうです。
 

お気をつけて行ってらっしゃいませ

 投稿者:ゆーちゃん  投稿日:2009年 6月29日(月)11時37分1秒
  ご無沙汰致しております。

夏のご旅行ではダイビングもされること思います。
そこでギゾ島にも行かれるのでしたら是非東亜丸にも潜りになられるものと思います。
一昨年のギゾ島が震源地だった大地震があの横倒しの船にどのような影響があったのかをご披露頂けましたら幸いです。
 

ソロモン諸島

 投稿者:CinC-GF  投稿日:2009年 6月29日(月)10時04分56秒
  羨ましいですねー。 是非 連れて行って貰いたい所ですが、どうしても外せない先約があって 今回は断念します。

先日 佐藤小太郎さんと謂うお方がお書きになった「バラレ海軍設営隊」と 守屋 清さんの「回想のラバウル航空隊」を読み、角田和男さんの「修羅の翼」を図書館から借りてきて読んだところで、ブイン・バラレには 一層の興味と関心が湧いてゐた所です。  就中、角田さんは 幾多の修羅をくぐり抜けて来られた方であり、大変 感銘を受け、是非一度 戦跡を訪ねたいと思ってゐた所です。 とは謂え、老人の一人旅はとても叶わず 絶好のお誘いなのに大変 残念です。

どうか お元気に、旅程ご無事で、是非 みやげ話をお聞かせ下さい。
 

お知らせなど

 投稿者:Sampon  投稿日:2009年 6月29日(月)05時07分40秒
  もう6月もあと2日残すのみになってしまいました。今回はしかし、いつもの月末とは違い、月初めに3年続いた今の職場からおさらばすることが決まっているのです。しかも、何と前の書き込みで言及した「戦死者」を出した部への異動なもので、早くも気が滅入っています。ただ夏休みを取ってまた南方へ行くことを唯一の希望としてしばらくは頑張るつもりです。

旅行の計画ですが、先日学研の「歴史群像」という雑誌に投稿したトラック環礁の戦跡探訪の記事が採用されましたので、その原稿料を元手にソロモン諸島への旅行を計画中です。主な目的地はバラレ、ショートランド島ですが、その他ムンダ、ギゾ、ガ島に加えて経由地の豪州ではシドニー港の特殊潜航艇攻撃跡地、カウラ捕虜収容所跡を見ようという盛りだくさんの旅行です。7月17日金曜日の夜便で出て27日月曜日の早朝便で帰ってくる旅程ですと、連休があるので4日有給を取るだけでこれだけ回って来られます。現在同行者を募集中ですので、ご興味のある方、よろしければ旅程の一部だけでもご一緒しませんか?

あと、閉鎖されてしまったサイト「太平洋の戦跡を訪ねて」が私がお手伝いしている近現代史研究会のサイトに間借りして一部復活しました!本復活まではしばらく掛かりそうですので、それまでこちらをごらんになってくださいませ。

CinC-GF様

お久しぶりです。産経新聞で硫黄島の映像を公開中とは紙面で読みましたが、未だ見ておりませんでした。型式までは分かりませんが、ベトン製の掩体が激しく破壊されていて撃ち合いの壮絶さが伝わってきます。いつの日かこの砲台も訪れてみたいものです。ご紹介、誠にありがとうございました。

http://panda1945.net/album/ocean/index.html

 

硫黄島・大阪山15cm砲台

 投稿者:CinC-GF  投稿日:2009年 6月28日(日)17時43分18秒
  産經新聞社パノラマ・ウエッブで Osaka Yama 15 cm Canon のパノラマ寫眞がご覧になれます。
砲身形状からして 海軍「四一式五十口徑十五糎砲」(口徑六吋)ではないかと思いますが、ご異見・ご異論をお聞かせ下さい。

http://podcast.sankei.co.jp/panorama/pnrm090622b.html

 

戦死やあはれ

 投稿者:Sampon  投稿日:2009年 5月12日(火)00時10分50秒
  暗い話題ですみません。私の勤務先の先輩がゴールデンウィーク明けの7日夜仕事中にばったりと倒れ、病院に運ばれたものの脳内出血で不帰の人となり今日そのお通夜がありました。故人の部署は仕事量が昨年途中から急に増えていたとのこと、明らかに過労死、いえ戦死ですね。私は長時間勤務はしているものの、ちゃらんぽらんな性格ゆえ頭の血管が切れるほど根詰めて働いていませんので大丈夫と思いますが、そろそろガタが来ているところが多いので、金曜日人間ドックを受けてきます。死ぬなら白砂の椰子の木陰と決めておりますので、オフィスビルなんぞで果てるのはまっぴらです。

GO様

こんな話題の後ですみません、ご出版おめでとうございます!また業績が増えましたね。本屋が開いている時間に帰れない日々が続いておりますが、拝見するのを楽しみにしております。

CinC-GF様

色々貴重な情報ありがとうございます。嶋田繁太郎大将の一件、非常に興味深く、本文を見たいものです。最後通牒前の攻撃については軍令事項なので海軍大臣といえども知らされなかったのではないかと素人としては思ってしまうのですが、判断できるほどの知識も知恵もありません。日露戦争も宣戦布告前に戦闘が始まっていますし、マレー半島上陸もしかり。実は誰もあんまり気にしていなかったという説はいかがでしょうか?
 

南雲忠一海軍中将ノ最期

 投稿者:CinC-GF  投稿日:2009年 5月 6日(水)19時52分35秒
  Sampon さん、既にご存知の事とは思いますが、諸説ある中で「帝國陸海軍人事挿話集」の中の、石川倉太郎兵長の証言が 一番 信憑性が高いのではないかと思ってをります。

平櫛 孝少佐の証言は「戦闘中に負傷して人事不省で捕虜になった」と謂う話も含めて、鵜呑みにしていいものかどうか、諸々方面の証言、記録に照らして 疑問なしとしません。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/2687/jinjiotu/jinji07.html

 

嶋田繁太郎海軍大臣

 投稿者:CinC-GF  投稿日:2009年 5月 5日(火)10時52分36秒
  昨日の日経新聞に 嶋田繁太郎海軍大将の 「獄中記」(抜粋)が掲載されてゐる。
解説の 秦 郁彦氏は「・・主目的は、真珠湾攻撃を事前通告なしの『だまし討ち』だったと立証し糾弾する・・」云々とコメントしてゐる。
これについて、小林正樹監督作品ドキュメンタリー「東京裁判」の中で嶋田大将はWebb裁判長の特別許可を得て、蕩々と東郷重徳外務大臣に反論して、「帝國海軍は創設以来 国際法に反する事を企図したり実行した事は絶対にない!」と大見得を切る場面の映像が残されてゐる。
通告時間を 当初の攻撃開始一時間前から、直前になって三十分間繰り上げた経緯はよく知られてゐるが、私自身 帝國海軍が『無通告攻撃』なんかやる筈がないと 堅く信じて その経緯をHPに書き込んでゐた。 ところが それを読まれた方からのご指摘で調べてみたところ、参謀本部戦争指導班日誌に 外務省からの事前通告進言に「軍令部不同意、当部また不同意」と明記されてゐる。
嶋田さんの勘違いか、事実を知らなかったのか、はたまた 知ってゐて 帝國海軍の名誉のための強弁であったのか、今となっては 真相は永久に判らない。

http://homepage2.nifty.com/ijn-2600/daitouryou.shinjuwan.html

 

新刊発売決定

 投稿者:GO  投稿日:2009年 5月 2日(土)21時05分28秒
  こんばんは
Sampomさんの掲示板で広報させていただきます。
私の新刊「呉戦跡ガイドブック」が6月下旬に、光人社より発売される事となりましたので、よろしくお願いします。
詳細はこちらを参考にして下さい。
http://www.h3.dion.ne.jp/~okumoto/page003.html

http://www.h3.dion.ne.jp/~okumoto/

 

ご無礼をいたしました

 投稿者:Sampon  投稿日:2009年 3月22日(日)00時18分58秒
  ヒロ様、kan様、GO様、CinC-GF様

冬の間はだいたい3分の2は風邪をひいていて体力気力無く、残りの3分の1は仕事か家族対応で時間がありませんので、書き込みのご返事もできず大変失礼いたしました。こんなことしているから掲示板が寂れてしまうのですね。HP再開も目下プロバイダーを検討中ですので少々お待ちくださいませ。

さて、ヒロさん、和歌山の優雅な自然密着生活は羨ましい限りです。時間が許せば南紀白浜温泉、熊野古道や高野山も行ってみたいのですが、なにしろ遠いですからいつになりますやら。海岸の秘密回天基地やご自宅の近くの砲台の情報が手に入りましたらお知らせください。kanさん、GOさんと一緒に楽しみにお待ちしております。

CinC-GF様

斎藤、南雲両中将は副官らによって介錯されたというのが定説ですね。米軍は斎藤中将のご遺体をサイパン戦終結後発見して丁寧に埋葬したことになっていますが、これには異論もあるそうです。あれだけ戦史上有名な戦いにせよ分からないことが多いものです。お隣のテニアンでも角田覚治中将の最期の地が何処かすら分かっていないとのこと。硫黄島の栗林中将の最期についても最近も随分議論を呼んでいるのはご承知のとおりです。今分からないのでしたら、あるいは明智光秀謀反の真相のように後世永遠の謎になってしまうのかも知れません。何か情報がありましたら、ぜひご高説をお聞かせくださいませ。
 

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