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ちょっと調べてみました。
戦史叢書「中部太平洋陸軍作戦3」によると、硫黄島に配備された十五糎平射砲は合計4門。
2門が大阪山砲台群(群長 藤原良七海軍中尉)に、 2門が北地区砲台群(群長 板橋音丸海軍大尉)にそれぞれ配備されてをります。
大阪山砲台群の十五糎砲台(砲台長 酒寄恒雄海軍特務少尉)位置は高千穂峡北東、大阪山山頂の真北約800米、海岸線から約500米の位置。
三月一日午前七時半西岸沖を遊弋中の米艦を猛射、三隻に損害を与えたとあります。
別の記録によると、二月十七日午前九時三十五分北地区砲台群の天山十五糎砲台(砲台長 後藤少尉)が重巡ペンサコラに6發命中させたが、たちまち反撃に遭い午前十時には完全に沈黙させられたとあります。
各砲台の配弾が70發。一門あたり35發ですから、一旦 砲門を開けばたちまち反撃に遭うことを最初から予測してゐたとしか思えません。
砲種についての記録が見あたりません。寫眞のアングルから砲身長を推測し難ひのですが、45/50口径なら 四一式、40口径なら 安式(40-caribre 6-inch rapid firing naval gun made by Sir W.G.Armstrong Whitworth & Co., U.K.)で間違いありますまい。
十四糎砲は 4門全部 千鳥砲台群(群長 蛭沼喜助中尉)摺鉢山十四糎砲台に配備され、各門250發配当されながら、上陸前、過早に発砲したため、撃ち尽さぬうちに潰されたようです。 この十四糎平射砲は 別の記録に「大正十二年製造」とあり「三年式五十口径十四糎砲」(口径140mm)だと考えて間違いなさそうです。
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