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ちょっと調べてみたのですが、「七月七日に最後の総攻撃で日本軍は全滅。井桁参謀長、斉藤義次師団長は総攻撃の前日に地獄谷に司令部で自決した。」(新人物往来社 陸軍師団総覧)とあり、別の資料では齋藤義次中将の戦死日時を19.7.6 井桁敬治31A参謀長ならびに鈴木卓爾43D参謀長のそれは 19.7.18 となってゐます。
一方 海軍関係者では 南雲中将、矢野英雄参謀長、高木武雄6F長官、佐藤源藏空廠長いずれも戦死日時は 19.7.8 となってをり、陸海別行動であったことを伺わせます。
43D情報参謀に 平櫛 孝中佐と謂う人がゐて、ピカピカの長靴姿で米軍から特別待遇され、一説では、テニヤン・グアムに関する情報を提供して、米軍に多大な貢献をしたなんて謂う説も まことしやかに囁かれてゐますが、目下 週刊新潮に連載中の 桐野夏生「ナニカアル」に盛んに登場する 大本営陸軍報道部の 平櫛少佐と同一人物だと考えられます。
戦後 無事復員されたと仄聞しますので なにか真相を書き残してゐるかも知れません。
高木武雄中将の戦死についても 種々 異説あり、真相と謂うものは なかなか判らないものです。
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