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ブリスベンにて

 投稿者:Sampon  投稿日:2009年 7月18日(土)19時02分5秒
  CinC-GF様

今、ブリスベンのネットカフェにおります。

昨日仕事を終えてから成田空港へ向かい、シドニー行きのカンタス便にチェックインしたのですが、なんと両替してから出国審査しようとするとパスポートが見つからず顔面蒼白に。駈けずり回って探しているうちに飛行機の出発の時間が過ぎ、へたり込みそうになっていたら見つかったとの報せをJALのチェックインカウンタースタッフから聞き何とか40分遅れのブリスベン行きの便に振り替えて乗せていただきました。パスポートを紛失して乗れなくなったのは人生で初めての経験です。その前に荷物が重すぎると言われてパスポートをそれまで入れていたかばんにカメラの水中ハウジングと一眼レフ1台を家に送り返したもので、手に持ったまま歩き回った結果の惨事でした。それでも飛行機に乗れたのが奇跡です。そ=E 3代わり今日カウラ収容所跡に行くつもりだったのが行けなくなりましたが。

一時はソロモン行きが泡と消えたかと思いましたが気をとりなおして明日ホニアラに渡ります。 さきほどクイーンズランド州の図書館に行ってバラレ、ショートランドの情報がないかと本を探していたら、ソロモン諸島の地名に関する本が目録にありました。コロンバンガラのことも出ていたと思うのですが、閉館間近だったので見られませんでしたが。コロンバンガラもColombangaraと書くのが普通だと思うのですが、ソロモンの地名はバラレに見るごとく何通りものスペルがあるのが普通です。もともと文字の無かった人々の言葉をアルファべットにするのは難しく、パラオでも多くの地名に何通りもの書き方があります。富士山だってヘボン式ならMt. Fuji、訓令式ならMt. Huziですからね。件の本を読む機会があれば事情が分かったのかもしれません。

ソロモンのネットカフェでも日本語が使えたら(多分無理でしょうが)、途中経過をまたご報告します。
 

慌しい夏

 投稿者:Sampon  投稿日:2009年 7月15日(水)07時03分31秒
  ついこの前桜が咲いて長い冬が終わったと思っていたら、もう梅雨明けですか。ただただ忙しい毎日で季節を振り返る余裕もありません。落ち込みそうになってもこの掲示板に書き込みしてくださる方がいらっしゃるのが救いです。

ゆーちゃん様、
お久しぶりです。ソロモン愉しみですが、残念ながらギゾは一泊のみでダイビングは無しです。東亜丸、どうなったか気になりますが、何年か後に出直したいと思います。

C-in-C-GF様

バラレ設営隊、先日図書館でちょっと読みました。読み応えありますね。角田和男さんには何度かお会いしたことがありますが、90を越した今も毎日戦死した同僚と部下のために慰霊の祈りを捧げ靖国神社に何度も足を運ばれる姿にはただ頭が下がります。コロンバンガラも興味深い島で(他の島も全部)一度は行ってみたいですね。
 

コロンバンガラ島

 投稿者:CinC-GF  投稿日:2009年 7月13日(月)09時36分36秒
  昨日の日経新聞文化欄に平田俊子さんという作家の方が「コロンバンガラ」についてお書きになってをられる。 軽巡「神通」とともに戦死された伯父上の鎮魂の旅についてである。
なんでも「全国ソロモン会」主催の旅行だったとかで、成田ーPモレスビーーガ島ーNジョージヤ(多分ムンダでしょうね。)のルートだったとか。

ところで帝國海軍の呼称が そのまま定着してゐる「コロンバンガラ」は「KILIMBANGARA」ですから「キリンバンガラ」の方が発音が近いと思うのですが。
一方「NEW IRELAND島」の「KAVIENG」の方は 最近の日本語の地図では「ケビエン」となってゐます。 「カビエン」の方が馴染みがあるのですが。

http://www2.netwave.or.jp/~kamasuda/png32.html

 

硫黄島・大阪山砲台群

 投稿者:CinC-GF  投稿日:2009年 6月30日(火)20時15分4秒
  ちょっと調べてみました。
戦史叢書「中部太平洋陸軍作戦3」によると、硫黄島に配備された十五糎平射砲は合計4門。
2門が大阪山砲台群(群長 藤原良七海軍中尉)に、 2門が北地区砲台群(群長 板橋音丸海軍大尉)にそれぞれ配備されてをります。

大阪山砲台群の十五糎砲台(砲台長 酒寄恒雄海軍特務少尉)位置は高千穂峡北東、大阪山山頂の真北約800米、海岸線から約500米の位置。
三月一日午前七時半西岸沖を遊弋中の米艦を猛射、三隻に損害を与えたとあります。

別の記録によると、二月十七日午前九時三十五分北地区砲台群の天山十五糎砲台(砲台長 後藤少尉)が重巡ペンサコラに6發命中させたが、たちまち反撃に遭い午前十時には完全に沈黙させられたとあります。
各砲台の配弾が70發。一門あたり35發ですから、一旦 砲門を開けばたちまち反撃に遭うことを最初から予測してゐたとしか思えません。
砲種についての記録が見あたりません。寫眞のアングルから砲身長を推測し難ひのですが、45/50口径なら 四一式、40口径なら 安式(40-caribre 6-inch rapid firing naval gun made by Sir W.G.Armstrong Whitworth & Co., U.K.)で間違いありますまい。

十四糎砲は 4門全部 千鳥砲台群(群長 蛭沼喜助中尉)摺鉢山十四糎砲台に配備され、各門250發配当されながら、上陸前、過早に発砲したため、撃ち尽さぬうちに潰されたようです。 この十四糎平射砲は 別の記録に「大正十二年製造」とあり「三年式五十口径十四糎砲」(口径140mm)だと考えて間違いなさそうです。
 

お気をつけて行ってらっしゃいませ

 投稿者:ゆーちゃん  投稿日:2009年 6月29日(月)11時37分1秒
  ご無沙汰致しております。

夏のご旅行ではダイビングもされること思います。
そこでギゾ島にも行かれるのでしたら是非東亜丸にも潜りになられるものと思います。
一昨年のギゾ島が震源地だった大地震があの横倒しの船にどのような影響があったのかをご披露頂けましたら幸いです。
 

ソロモン諸島

 投稿者:CinC-GF  投稿日:2009年 6月29日(月)10時04分56秒
  羨ましいですねー。 是非 連れて行って貰いたい所ですが、どうしても外せない先約があって 今回は断念します。

先日 佐藤小太郎さんと謂うお方がお書きになった「バラレ海軍設営隊」と 守屋 清さんの「回想のラバウル航空隊」を読み、角田和男さんの「修羅の翼」を図書館から借りてきて読んだところで、ブイン・バラレには 一層の興味と関心が湧いてゐた所です。  就中、角田さんは 幾多の修羅をくぐり抜けて来られた方であり、大変 感銘を受け、是非一度 戦跡を訪ねたいと思ってゐた所です。 とは謂え、老人の一人旅はとても叶わず 絶好のお誘いなのに大変 残念です。

どうか お元気に、旅程ご無事で、是非 みやげ話をお聞かせ下さい。
 

お知らせなど

 投稿者:Sampon  投稿日:2009年 6月29日(月)05時07分40秒
  もう6月もあと2日残すのみになってしまいました。今回はしかし、いつもの月末とは違い、月初めに3年続いた今の職場からおさらばすることが決まっているのです。しかも、何と前の書き込みで言及した「戦死者」を出した部への異動なもので、早くも気が滅入っています。ただ夏休みを取ってまた南方へ行くことを唯一の希望としてしばらくは頑張るつもりです。

旅行の計画ですが、先日学研の「歴史群像」という雑誌に投稿したトラック環礁の戦跡探訪の記事が採用されましたので、その原稿料を元手にソロモン諸島への旅行を計画中です。主な目的地はバラレ、ショートランド島ですが、その他ムンダ、ギゾ、ガ島に加えて経由地の豪州ではシドニー港の特殊潜航艇攻撃跡地、カウラ捕虜収容所跡を見ようという盛りだくさんの旅行です。7月17日金曜日の夜便で出て27日月曜日の早朝便で帰ってくる旅程ですと、連休があるので4日有給を取るだけでこれだけ回って来られます。現在同行者を募集中ですので、ご興味のある方、よろしければ旅程の一部だけでもご一緒しませんか?

あと、閉鎖されてしまったサイト「太平洋の戦跡を訪ねて」が私がお手伝いしている近現代史研究会のサイトに間借りして一部復活しました!本復活まではしばらく掛かりそうですので、それまでこちらをごらんになってくださいませ。

CinC-GF様

お久しぶりです。産経新聞で硫黄島の映像を公開中とは紙面で読みましたが、未だ見ておりませんでした。型式までは分かりませんが、ベトン製の掩体が激しく破壊されていて撃ち合いの壮絶さが伝わってきます。いつの日かこの砲台も訪れてみたいものです。ご紹介、誠にありがとうございました。

http://panda1945.net/album/ocean/index.html

 

硫黄島・大阪山15cm砲台

 投稿者:CinC-GF  投稿日:2009年 6月28日(日)17時43分18秒
  産經新聞社パノラマ・ウエッブで Osaka Yama 15 cm Canon のパノラマ寫眞がご覧になれます。
砲身形状からして 海軍「四一式五十口徑十五糎砲」(口徑六吋)ではないかと思いますが、ご異見・ご異論をお聞かせ下さい。

http://podcast.sankei.co.jp/panorama/pnrm090622b.html

 

戦死やあはれ

 投稿者:Sampon  投稿日:2009年 5月12日(火)00時10分50秒
  暗い話題ですみません。私の勤務先の先輩がゴールデンウィーク明けの7日夜仕事中にばったりと倒れ、病院に運ばれたものの脳内出血で不帰の人となり今日そのお通夜がありました。故人の部署は仕事量が昨年途中から急に増えていたとのこと、明らかに過労死、いえ戦死ですね。私は長時間勤務はしているものの、ちゃらんぽらんな性格ゆえ頭の血管が切れるほど根詰めて働いていませんので大丈夫と思いますが、そろそろガタが来ているところが多いので、金曜日人間ドックを受けてきます。死ぬなら白砂の椰子の木陰と決めておりますので、オフィスビルなんぞで果てるのはまっぴらです。

GO様

こんな話題の後ですみません、ご出版おめでとうございます!また業績が増えましたね。本屋が開いている時間に帰れない日々が続いておりますが、拝見するのを楽しみにしております。

CinC-GF様

色々貴重な情報ありがとうございます。嶋田繁太郎大将の一件、非常に興味深く、本文を見たいものです。最後通牒前の攻撃については軍令事項なので海軍大臣といえども知らされなかったのではないかと素人としては思ってしまうのですが、判断できるほどの知識も知恵もありません。日露戦争も宣戦布告前に戦闘が始まっていますし、マレー半島上陸もしかり。実は誰もあんまり気にしていなかったという説はいかがでしょうか?
 

南雲忠一海軍中将ノ最期

 投稿者:CinC-GF  投稿日:2009年 5月 6日(水)19時52分35秒
  Sampon さん、既にご存知の事とは思いますが、諸説ある中で「帝國陸海軍人事挿話集」の中の、石川倉太郎兵長の証言が 一番 信憑性が高いのではないかと思ってをります。

平櫛 孝少佐の証言は「戦闘中に負傷して人事不省で捕虜になった」と謂う話も含めて、鵜呑みにしていいものかどうか、諸々方面の証言、記録に照らして 疑問なしとしません。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/2687/jinjiotu/jinji07.html

 

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