大きな椰子の木の下で
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夏本番
投稿者:
Sampon
投稿日:2008年 7月14日(月)06時12分46秒
まだ梅雨明けしていませんが、この週末は真夏の到来を感じさせました。土曜日に公営プールに家族で行ったら、朝から満員状態でした。夕方には雷とともに夕立に遭い、これも真夏の大事なひとコマだなぁ、とずぶ濡れになりながら思ったものでした。
京都の平八郎様、
ご来訪、ならびに貴重な写真のご紹介ありがとうございました。前回投稿いただいたときは、私が返事を書き込もうとしたらその前に投稿文を消去してしまわれましたが、レスが付いているときには無闇に消去はしないで下さいね。さて、お祖父様がパラオで掃海艇を沈められ捕虜になっておられたとのこと、そのお話は詳しく聞いていらっしゃいますか?来週私はパラオに参りますもので、大変興味があります。もし撃沈された場所が分かれば、その沈められた場所や滞在された場所を見て来たいものです。
IWA様
ルンガ沖夜戦の戦闘詳報のご紹介ありがとうございました。今はネット上でこんなものまで見られるのですね。これからも何かとご教示いただければ幸いです。
魚雷発射管
投稿者:
IWA
投稿日:2008年 7月13日(日)19時48分54秒
編集済
最近は魚雷の方にホーミング機能があって、魚雷発射管のほうは水上艦では随分簡単になってるのではないかなあと思います。今は発射時間とか発射角度、発射速度とか、特になにも管制しないのでは。(設置場所も日蔭で..;へ;)(実は遠隔操作??)
昔の魚雷発射管というのは、想像するに、水雷用の方位盤も含めて機械式時計ぐらいの精密さがあったのではないかと思います。それを夜間に人間の裸眼で、瞬間に発射タイミングを計って発射/命中させるので、どうしてそんなことができるのか??と思います。駆逐艦の雷撃戦記など見てますと、お祖父さんは偉かったと思うものです。
一例で、ルンガ沖夜戦の戦闘詳報が以下にあります。
JACAR http:// www.jacar.go.jp/
第二水雷戦隊戦闘詳報 1942.12.01
レファレンスコード C08030099500
護衛艦やまゆきの魚雷発射管
投稿者:
京都の平八郎
投稿日:2008年 7月13日(日)10時24分7秒
編集済
現在の魚雷発射管です
昔とそう変わらないのでは?
藤から発射され着水する魚雷
投稿者:
京都の平八郎
投稿日:2008年 7月13日(日)10時16分40秒
編集済
銀河☆さんへ前回の写真を高画質にしましたので
再upします
パラオ島
投稿者:
京都の平八郎
投稿日:2008年 7月13日(日)10時15分0秒
samponさんこんにちわ
わたしのおじいさんはぱパラオで掃海艇を沈められ
捕虜になっていました3年半で追い出されてよかったです
写真は昭和初期の巡洋艦那珂です
卓見
投稿者:
Sampon
投稿日:2008年 7月10日(木)00時08分27秒
今、図書館から借りてきた「パラオ島夜話」という昭和16年刊の本を読んでいるのですが、面白い記述がありました。第一次大戦で日本がパラオを占領したとき、長老たちを集めて占領者である日本の命令にしたがうように、と告げた途端に笑い出した長老がいたそうな。笑った者に問いただした長老も話を聞いて同じように笑い出して「皆、一緒になって腹をかかへて笑ひだした」とのこと。というのは「外国人といふ奴は何といふ無駄なことを繰りかへしてゐるおんだろう。取つたの取られたの、占領されたの、占領したのと、何度でも同じことを、わはりばんこにやり合つてゐるが、それが一体、パラオとどんな関係があるといふのだ。パラオはスペインの領地になつたのだと、スペイン人が来て云ひ、その次には独逸人が来て、また同じことを云ふ。−中略−この次には、日本人が一体、何処の誰に追ひ出されるかが面白い見ものだ。外国人といふ奴は、そんなわかり切つたことが、どうして理解できないのか知ら.....」と皆気づいたからだそうです。
昭和16年の本だからと、笑った長老たちを日本人の優秀性を理解できない馬鹿者ども、と切り捨てるかと思いきや必ずしもそうではなく、近代化による伝統社会の衰退や外国人が土地を支配することへの地元民の反感なども書かれていて、面白い読み物です。長老のエピソードは、この3年半後には日本がパラオから追い出されたことを知っている我々には、可笑しくも物悲しい話かもしれません。
今日は
投稿者:
Sampon
投稿日:2008年 7月 7日(月)23時43分45秒
今日からいよいよ洞爺湖サミットが開幕されて耳目を集めていますが、本日、7月7日はソロモン諸島国の独立30周年記念日でもありました。しかしながら首都ホニアラで記念イベントが行われたことは大手メディアでは全く取り上げられておりません。かく申す私も独立記念日だったことなどすっかり忘れていて、Google Alertで「ソロモン諸島」関連ニュースがあれば通知するように登録していて知ったので、偉そうなことは言えませんが。ニュースを報じていたのは
Web-Tab
という、あまり聞きなれないサイトですが、こちらではどういう訳かソロモン関係のニュースを良く取り上げています(地元新聞の翻訳記事ばかりですが)。台湾からフィットネス器具がソロモンに贈られたなど、ほとんどの日本人にはどうでも良いニュースを流していますが、果たして経営は成り立っているのでしょうかね?皆様もお暇なときにはWeb-Tabをご覧になってはいかがでしょうか。暇つぶしにしかならないかもしれませんが、ソロモンのトリビアなニュースが見られるのもここぐらいでしょう。
お勧めDVD「マンゴと黒砂糖」
投稿者:
Sampon
投稿日:2008年 7月 4日(金)01時33分0秒
先日「マンゴと黒砂糖」という映画DVDを手に入れました。これは南洋群島に戦前住んでおられた方々がサイパン、テニアンを訪れる慰霊の記録です。鯨エマさんという女性の演劇人が監督しておられますが、大変印象に残る映像が多い、貴重な記録です。ご興味ある方はタイトルで検索してみてください。
源覚寺にて
投稿者:
Sampon
投稿日:2008年 6月23日(月)06時34分26秒
先日、文京区春日の源覚寺に行ってきました。「こんにゃく閻魔」として知られるこのお寺に「汎太平洋の鐘」という梵鐘がおかれているのは余り知られていないのではないかと思います。この梵鐘は元禄年間に鋳造され、昭和12年にサイパンに建立された南洋寺の鐘として同島に渡った後戦火に巻き込まれ行方不明となっていたのが戦後しばらく経ってから米本土で見つかって刻まれた文字を頼りに源覚寺に返還されたものだとのことです。御住職に鐘にまつわる色々なお話を伺うこともできたのですが、南洋寺それ自体については良く分からず、少々調べてみたいと思います。南洋寺は今も門柱のみがガラパンに残っているので、サイパンに行かれる方はぜひ探してみてください。
銀河☆様
写真は沖縄県平和祈念資料館ですね。折りしも今日は沖縄慰霊の日。戦いに斃れた方々のご冥福を祈り、慰霊の誠を捧げる一日にしたいと思います。
お久しぶりです
投稿者:
銀河☆
投稿日:2008年 6月18日(水)19時08分43秒
>H.Sさん、京都の平八郎さん
はじめまして、よろしくお願いします。
最近は暑い日が続いておりますが、私の財布は逆のようです。それでも戦記は買うんですけど。
それはさておき、魚雷といえばこんな写真を見つけました。
(緑の丸は黒い点を拡大したら髑髏みたいだったのでつけてました、気にしないで下さい)
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