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毎度お騒がせしております。右の人からも、左の人からも嫌われている日本国憲法擁護連合の、宣伝部でございます。
昨晩の高弘氏に続いて今晩は希流氏への謝罪と弁明と相成りました。日本国憲法擁護連合本人の名前は「福岡の田中」として、本人も脳内で「2005年9月に高円寺で、右翼に襲われた事件」の報告で告白しておりますが、日本国憲法擁護連合内部では「楡さんのお客様者」が判例・通説となっております。
さて今宵の希流氏への謝罪と反省ですが、「本当に法政大学にいたんですかね?」と仰られています。う〜ん、何と申してよいのやら。法政OBで、学生運動や学生会館の運営に係わった連中は「福岡の田中さん 中核派シンパ 第一文連社研在籍 2003年の新歓パンフに寄稿し 男性の坂本千秋の講演会の後で本人と雑談し ゲイで3桁のイベントを新宿で打った人物」を知らないのです。
日本国憲法擁護連合本人が某氏に宛てたメールが公開されましたが、「高校時代の教師が日共で失望→大学入学と同時に革共同シンパとなる」「革共同には湾岸戦争〜イラク開戦まで係わった」とあり、しかも「2004年に法政大学卒業」と法大文連ブログにも書き込んでおり、正直申しまして宣伝部としても「日本国憲法擁護連合本人の履歴」には?マークが消えません。湾岸戦争からイラク開戦までは10年以上あり、卒業が2004年を合理的に納得させるには、「通信教育部出身」か「桜田門大学在学ながら、サークル活動は法政大学のサークルに混ぜてもらった」とお考え下さい。「楡さんのお客様」の比重が高ければ、少し違う理解となります。
それはともかく、希流氏の感じた「本当に法政大学にいたんですかね?」への日本国憲法擁護連合の宣伝部からの返信であります。かつての活動家諸氏、趣味者諸氏の理解の範囲内ではあると思われますが、腹の底から笑って頂ければ幸いです。
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